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連載/2021年2月号 |
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時代の変化に対応できる組織だけが生き残れる - 私の販売集大成ノート(5) | |
目的を伝えて直ちに実践させる
ポンパドウル成長期の真っただ中を経験しつつ、販売現場の幾つかの改善の必要を感じていた。上司からは「活気ある接客サービスの提供」を求められた。 私は、自分の入社当時のことを思い出した。仕事は出来なくても声出しは出来るだろうと、入社初日の入店と同時に「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」を大きな声でコールするように指示された。 初めは思うように声を出せなかった。見ず知らずの人に大声で呼びかけるなどの経験はなかったが、コールが飛び交う中にいると、いつの間にか呼びかけていた。 この経験により、私は、指示を徹底させるには、その目的を説明した後に、直ちに実践させることが一番有効な方法であることを知った。 販売員から接客マナートレーナーを選出 販売で早急に改善が必要なのは接客サービスだった。1970年代前半までの販売員の接客サービスに対する意識は低かった。店内での私語は当たり前。休憩室と同様のリラックスムードが漂っていた。 販売員の意識の低さに危機感を持ったベテランマネージャーの有志は改善の必要を上司に訴えた。 その一年後、外部インストラクターによる初めての販売接客研修が、マネージャー全員に対して実施された。現場の販売員への徹底はマネージャーに任された。 さらに販売員の中から接客マナートレーナーを選出して、指導が必要な店舗で入店指導にあたらせた。ポンパドウルの販売員によるトレーナー誕生は初めてであり、その販売の歴史の中でも画期的な出来事であった。「明るく活気ある接客サービスの提供」の姿が具体的な形になっていった。 スピーディーな接客が最重要視された 好景気が続き、ポンパドウル全体の売上も好調であった。製品を置いておけば、それだけで売れる時代であった。 売れている時はお客様への対応がスピーディーであることを重視した。レジに並ぶお客様に対して、いかに早く対応するかがメインだった。商品説明などのきめ細やかさなどは必要ないものと思い込んでいた。 レジ担当者は、何点かの製品の価格を暗算で足し上げ、お買い上げ額を出し、レジはまとめ打ちだった。そのスピードは信じられないほど速く、計算ミスもなかった。今の時代、そんな対応をしようものなら、確実にクレームになるが、当時はそれでも問題にならなかった。 きめ細かな接客が最重要視された 時は移り、物が売り難くなるバブル崩壊期間に入っていく。1991年3月から1993年10月迄の景気後退期は、月を追うごとに全店の売上は一様に右肩下がりの状況になっていた。 売上は「お買い上げ単価×客数」だが、この時期は両方が鈍化した。単価対策や客数対策など色々な策を講じたが、なかなか成果に結びつかなかった。ジワジワと危うい方向へ進んでいるのが手に取るように分かった。販売会議で討議の結果、きめ細い販売の実施が全店の売上対策となった。 販売員は製品を売るだけではない。売るための仕掛けを考え、お客様に情報を提供することは大切な業務である。店が何を大切にしているかをアピールすることが重要だ。そのためには商品知識を持たなければならない。 同じ昨日が、今日も来るとは限らない 時代は様々な形に変化する。時代は、その変化に対応出来る組織だけに生き残ることを許す非情さを持っている。また時代は、今までの方法だけが全てではない事を教えてくれる。 組織は予期できない時代の変化に対応出来る柔軟な体質にしておくことが必要だ。同じ昨日が今日も明日もやって来るとは限らないのだ。 リスクマネジメントのみならず、クライシスマネジメントも必要となる。この対応は常に後手後手になってしまうのが現実であるが、この課題は今後も永久に宿題として残っていることを意識しなければならない。 望月 康男 販売アドバイザー。1946年神奈川県川崎市生まれ。東京都町田市在住。趣味は、ドライブ、登山、ビデオ撮影、映画鑑賞。1978年9月、株式会社ポンパドウル入社後、町田店、六本木店、伊勢佐木町店の販売マネージャー。1985年1月販売課長。1989年6月販売部長。1996年12月取締役販売促進部長。2001年10月取締役広報宣伝部長。2007年2月~2010年1月、株式会社ポンパドウル顧問。全店の接客、品質、クレンリネス、品揃えの改善点をアドバイス。株式会社ポンパドウルの成長期、成熟期に販売関連業務に携わる。 |




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