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特集/2016年12月号 |
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当店にしかできないこと
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実は石田さんはもともと油脂素材の食品メーカーに勤務し、製パン・製菓材料を販売先であるベーカリーへ提案する際に試作用のパンを開発する仕事をしていた。その当時の経験を生かし、新商品の開発はインスピレーションで思いついたものをどんどん出していくことが多いという。 「開発にあたっては、なるべく栄養バランスのとれたものを食べて欲しいという気持ちがあるので、惣菜パンなどは中に挟む肉と合わせて野菜もしっかり入れます。あと味のバランスも大切ですね。具材と味をバランス良く取り入れることで、パン全体は小ぶりでも、満腹感の得られるような商品づくりを行っています。商品に適度な立体感をつけるよう見た目にもこだわっています」(石田さん)。 石田さんは同店らしさを表した商品として、惣菜サンドの「チキン香味サンド」(税込350円)をあげた。レンコンが高くなる冬前(取材時は10月後半)ならではの期間限定商品で、醤油香ばしいチキンにマヨネーズを加え、しゃきしゃきの分厚いレンコンを入れて挟んだ商品だが、中の生地の切り込み部の中にピンポイントで柚子胡椒を入れて飽きがこないようにしているという。 石田さんは地元産という広い意味では、新井宿や川口市のみならず、埼玉県や日本全体のものまで波及して愛着があるという。例えば小麦は埼玉産のほか、最近は全粒粉で熊本産を使用。「かぼちゃのタルト」(ホール税込2160円)には北海道産の栗かぼちゃを使用するなど良いものがあれば取り入れている。 商品開発も最近は居酒屋メニューに着目し、味付けや彩りなどを参考にする事もある。「色々な人に食べてもらいたいと思うので、毎日でなくても思い出して食べたくなるような味を目指しています」(石田さん)。 客との関わりで店の個性が育つ 「今まで9年以上、店をやってきて思いますが、当店に来るお客さんは、いい人が多いですよ」と石田さんは言う。例えば狭い売場だが、杖やベビーカーの人が来たら、そっと開けてくれたりする。パンの話以外で、ちょっとした雑談などをしてくれる人も多い。 「いつも色々なお客様の顔を思い浮かべながらパンを焼いたりしています。そうしたら本当にその人が店に来たりする事もあり不思議です。以心伝心でしょうか」(石田さん)。 店の個性や特色も、意識して出そうとしたわけではなく「お客様や色々な人との関わり合いの中で自然と生まれてきた」ものだという。「お客様と一緒に店も成長し、お客様に育ててもらった感じです」(石田さん)。 ただ石田さんの経営方針はどちらかというと開業時から「石橋を叩いて渡るような」やり方だ。例えば、開店資金も自分の手持ちから出し、機械や道具なども、窯以外は、ほとんど知り合いの店から譲り受けた。スタッフもパン好きな主婦や学生などを店の規模に合わせた数でパート雇用し、販売や調理を手伝ってもらう形。 また休日は無理せず私的な用事や他店巡りなどの時間に充てられるよう平日に週休2日を取る形で設定。その分、営業日中は商品の取り置きや予約などにも柔軟に対応するなどサービスの強化に努めている。 また店内は狭くても店の外に椅子を置き、煎れたてのコーヒーを飲みながらパンを食べられるようにしたり、パーティ用商品の販売と合わせた保冷バッグの貸し出しサービスなど、小さい店ならではの細やかなサービスができるよう工夫も施している。 ちなみに石田さんは開業前、若いうちに小規模の店を開くか、50歳位で大きな店を開くか迷い前者を選んだという。ただ最近はさすがに、カフェスペースも入れられるくらい、もっと店のスペースを広くしても良いのではと考えている。 「個性は自然と生まれ作られるものと思うのですが、お客様の意見もあったので多少は意識して変化をつける事も大事かなと」(石田さん)。ただ今までこの規模なりの特性も生かしてきたし、場所もここから大きくは離れたくないので、迷うところだという。 ベーカリーキッチン ホッペホッペ 住所:〒333-0833 埼玉県川口市西新井宿南原103-4 電話: 048-286-5733 |

誰よりも強い覚悟で明日もまた店を開きパンを焼く - 吟遊詩人 | ||||||||||||||||
厳しい環境で覚悟のオープン 店長の清澤稔さんがたまたま条件の合う物件を荻窪に見つけ同店をオープンすることを決めた時、ある有名ベーカリーのオーナーシェフから「荻窪で店を出すのは厳しい。日商10万円をとるのも難しいのではないか」と言われた事があったという。 「何故そんな事を言われたのか、今ではよくわかります」と清澤さんは話す。実はこの荻窪の地は店の入れ替わりが激しいことで有名な場所だ。商店街の中でも同店の近隣の店のほとんどは10年前とは違う店で、次々と店が変わっていくのを見てきたという。 「みんなオープン直後は人が一杯押し寄せるのですが、荻窪の人は飽きっぽいのですよね。すぐ客足が途絶えてしまうんです。人通りが多いから大丈夫だろうと慢心すると駄目なんです」(清澤さん) 荻窪は、中央線沿いの新宿と吉祥寺そして西荻窪など人気スポットの駅に挟まれている。荻窪の住民も地元の店に飽きるとそちらに流れる事が多いようだ。 「ちょっと前まで人気店といわれていた店が突然閉店することになってしまうんです。そんなこの街の現実を見てきました」と清澤さんは話す。しかし、同店はそんな環境の中、10年間生き残ってきた。現在の日商は10万円から多くて14万円位。他の店との大きな違いは何だったのだろうかとの質問に対し、清澤さんは「『覚悟』ですかね。今日も明日も1日でも長くパンを焼き、店を開きたいと必死でした。毎日『明日もパンを焼き、店が開けます様に』と、その思いでずっときました」と答えた。 オーソドックスでも丁寧に作る 取材中、同店の一番の常連で二つ先の駅から来ているという熟年の夫婦が来店してきた。その妻が「ここは荻窪で一番おいしいパン屋だからね!だからこの人(清澤さん)がいなくなったら、もう荻窪でパン食べられなくなっちゃう」と明るい声で話した。同店はこうした熱心な常連客に支えられているという。 同店はもともとケーキ店だった場所を居抜きで改装、10坪の厨房と4・5坪の対面式売場から構成される比較的小規模な個人店だが、それでも、商品は食パンからハード系、菓子パン、惣菜パンまでバランスが取れた構成で50~60品ほどを取り揃えている。 製造法はオーソドックスなストレート方が多く、技術的に特別な事をしているわけではないという。 「でもお客様に本当に求められている事は何か、ここで10年間以上商売をやってわかってきました」と話す清澤さんは、まず1品1品を丁寧に作ることを一番大切にしている。その理由を「お客様が買われる商品は、作る側にとっては何十個の中の一つでも、お客様にとってはたった一つの商品ですから」と清澤さんは答える。 理想の店の姿をノートに書きためていた 実は清澤さんは高校生の頃にアルバイト先でパンの製造風景を見て以来、パン職人になりたいと思うようになった。驚く事に将来自分が開きたい理想の店の姿について18歳の頃からノートに書きためていたという。そこにはヨーロッパの伝統的なパンを並べ「パリのパン屋がこの町にきた」というような感じで小洒落た店の詳細を、商品構成や価格までも考えて書き込み、「吟遊詩人」という店名も20歳位で既に考えていた。 そして18歳でベーカリー業界に入ったが、紆余曲折を経て、20年経った後、実際にオープンしたのがこの店だった。当時は、なるべくノートの内容と雰囲気が近い店にし、ヨーロッバ発の職人技が光るようなマニアックなパンも置いていたという。18歳から8年ほど在籍していた福岡のベーカリーレストラン「アペティート」で世界中の様々な種類のパンの製造を経験したため、その技術も生かしていた。 「しかし、やっぱり自分の頭の中だけで考え自分が作りたいものだけを出した店では、最初はよくても、すぐ反応が鈍くなっていく事がわかるんです」(清澤さん) |
同店の菓子パンはバランスよく作られたものが多く、リピーターもついてよく売れているので、1日何回もまめに焼き補給している。全般的に奇抜な強い個性があるというわけではないが、何度も食べたくなる飽きにくい味わいのものが多い印象だ。実は清澤さんは、独立前は長くマフィンの専門店の会社に勤めていた時期もあり、商品開発などを担当していた。当時の経験が今でも同店での菓子パンの開発や製造に生きているという。 中でも現在店で一番人気という「バターミルクフランス」(税込220円)はハード系の技術力に長けた清澤さんが、ハード系生地を使用した菓子パンの自信作として出したものだ。またマフィンの専門店時代の名残でマフィンも常に2、3種類出すが、その日の天候を見ながら日によって練りこみ素材を変えていくという。 「10年の間に、自分の経験を生かしつつ、お客様の声を聞きつつ、実際にこの地でお客様に求められているものを出せる店へ修正していった感じです」(清澤さん) 常連客を裏切らず、覚悟を持ってパンを焼く 「でもこの10年、勿論、苦しい時もありました。それでも、常連さんは裏切らず、パンを買いに来てくれました。だから、とにかくお客様には満足してほしいと思い、頑張ってきました。その結果が、売上に結びついてきたのではないかと思います」(清澤さん) 同店では「国産小麦の食パン」(税込380円)などのシンプルな食パンや、ハード系の「国産小麦バゲット」(税込280円)なども人気が高い。ただしこれら食事パンについては朝1回しか焼かないという。 勿論その1回を真剣に焼く事を大切にしているのだが、その分、常連客とはLINEなどで密にやりとりする事で、残り個数を伝えたり、取り置きの依頼を受けたりしている。限られた労力で満足のいくサービスを提供するためには、こうしたやりとりは欠かせず、同店にとってやはり常連客の存在は絶対不可欠なものなのだ。 実は今年9月は記録的に日照時間が短い月だった事も影響し売上が今年初めて前年割れをした。慌てて新商品をこまめにいれるなどテコ入れを図って10月からは回復させた。「意気消沈することもありますが、それでもお客様に『おいしいね』と思ってもらうためなら、前に進むしかないと考えています」と清澤さんは言う。同店の核となっているのは、やはりアットホームで密な接客に象徴される客への思いなのだ。 「お客様一人一人の事を良く知る事を大切にしています。どんな商品が好きで、どんな事に関心があるのかなども聞き、そうやって関係を深めていけるのが、個人店の良さですね。便利さを除いてもまた来たいと思えるような店づくりが必要です」(清澤さん) 実は振り返れば今までの経験の全てが血となり肉となり無駄な事は何一つなかったという。 「未来がどうなるかはわかりませんが、明日もまたパンを焼き、店を開くことができるよう、覚悟を持って店を運営することが、当店にしかできない事ですね」と話す清澤さんの声は力強かった。 吟遊詩人 〒167-0032東京都杉並区天沼3-2-2荻窪勧業ビル1階 電話03-5335-6362 |
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