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相模鉄道いずみの線・弥生台駅から徒歩5分ほどの立地。店内の、パリやニューヨークの店のようなおしゃれな雰囲気が窓越しに伝わってくる |
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中川貴之オーナーシェフ。オーブンは、前勤務先の開発部門で活用し使い慣れていたものと同じメーカーを採用 |
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人気の「ベリーベリー」(170円)は、顧客の反応を見て形状と食感を変えた |
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「クリームパン」(150円)、「バゲットレトロ」(280円)など、多彩な品揃え |
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「周りから、助走が長いねって言われました」と話すのは4月、開業1周年を迎えた神奈川県横浜市のベーカリー「ベッカライトーンガルテン」の中川貴之オーナーシェフ。
店を持つと決め、専門学校に入学。それから、昨年開業するまでに18年間を要した。「長い助走」と例えられた開業前の18年間で、ベーカリーで修業したほか、フランスの食品を扱う専門商社の開発部門に7年間勤務した。
「長い助走」の間、中川さんにはこんな思いがあった。
「すぐに開業したいというより、もっと上を目指したいという思いがありました。また、このまま地元に帰って店を出しても、自分の作るパンは本当にみんなにおいしいと思ってもらえるパンなのか、という自問自答もしていました」
24歳のとき、後に入社することとなる東京・世田谷区の「ベッカライブロートハイム」のあんぱんを食べて衝撃を受けた。「ひと口目、パンの皮の部分に歯が刺さった瞬間、おいしいと思ったんです。食感もすごく良くて」(中川さん)。その3年後、念願叶って入社。勤務した4年間で、パン作りの腕を磨くだけでなく、パンの様々な食べ方も学んだ。
「定番の食べ方だけでなく、ドイツパンに和のおかずを合わせたり、当時は意外だと思える組合せもいろいろと体験しました。それまでは、自分がどんなパンを好きなのかということが実は、はっきり見えていなかったのが、こうした体験を繰り返していくことで形になっていったんだと思います。フランスパンもドイツパンも、それまで以上においしいと思うようになっていきました」(中川さん)
パン職人としての自分の嗜好性をはっきりさせていくことは、開業して店づくりをしていく上でも役立った。中川さんは、専門商社の勤務経験もあり、スーパーやコンビニ、メーカーの人と関わることや、商品や店の事例を見ることも多くあった。それらの多くの情報を活かしながら、自分の個性を失わずに店作りをしていくためには、自分の嗜好性がはっきりしていることが重要だったのだ。
「多くのものを目にしてきた分、いざ自分の店を出すとなったとき、選択肢が増える反面、迷うこともたくさん出てきます。そんなとき、店のコンセプトをしっかり持っていることや、自分の嗜好性を自覚できていることは重要なことだったと実感しました」(中川さん)
また、パンの様々な食べ方の体験が、自分の味覚に自信を持つことに繋がった。そうしていくことで、「本当にみんなにおいしいと思ってもらえるパン」を作っていけるという自信も生まれていったのだろう。
客が求める味についても、理解を深めていった。
「味覚は個人の感性によりものです。でも、日本全国遠方からのお客様も多い人気店(ベッカライブロートハイム)の味があって、その店の社員である以上は、その味が好きであるということは必要不可欠です。最初は、店の味と自分の舌にズレがあったので、そのズレをなくす努力をしました。『おいしい味というのはこういう味なのか』という風に、店のパンの魅力を掘り下げていきました。日々様々な食べ方を実践することで、フランスパンとドイツパンがどんどん好きになっていきました。そして、それが味覚のズレを正していくことにも役立ちました」(中川さん)
客が求める味に理解を深めることは、開業後も日々行われている。客の反応を敏感に汲み取り、即座に商品に反映している。
例えば、中川さんの好物でもあるクランベリーとブルーベリーを練り込んだ自信作「ベリーベリー」(170円)。 開業当初から店頭に並べている製品だが、最初は思ったほど売れなかった。だからといって販売中止にはせず、商品を見る顧客の反応をもとに改良した。形状を、丸形だったのを穴の開いたドーナツ形にし、食感にもちもち感を出した。すると明らかに顧客が商品を見る目が変わった。現在では人気トップ3に入る看板商品になった。