[多様性の時代] / 小さな売り場を武器に焼きたてを実現 / 地域の要望から誕生した心温まるベーカリー - 小さなパン工房 apricot - ブランスリー電子版


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シリーズ 小さなパン屋さん/2012年12月号

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[多様性の時代]
小さな売り場を武器に焼きたてを実現
地域の要望から誕生した心温まるベーカリー - 小さなパン工房 apricot
シンプルでシックな雰囲気のアプリコットの外観
一番人気の「とろけるクリームパン」(150円)。卵黄を使った自家製クリームも好評
店長の後閑(ごかん)美奈子さん。店舗入り口から見えるレンガ造りの石窯は「『魔女の宅急便』のパン屋さんみたい」と女性客や子供に人気
左が「豆乳&大納言ブレッド」(1斤320円)。右はあんこをたっぷり巻き込んだ「あんこ巻き」(360円)
調理パンも需要が高い。「スモークチキンときんぴらごぼう」(200円)。「家庭の味」がコンセプトだ
お母さんがつくるパン
 神奈川県川崎市鶴見区の住宅街、マンションの道路に面した1階の角部屋にある「小さなパン工房 apricot(アプリコット)」。約6坪の店内は、入口から店の奥まで一望できる。そのうち、入り口側の2・5坪が売場、奥の3・5坪が厨房だ。
 出迎えてくれるのは、明るい笑顔と元気な声のオーナーシェフ、後閑(ごかん)美奈子さん。売場と厨房は、胸くらいの高さまでの仕切り板を立てた後閑さんの作業台だけで仕切られている。そのため、後閑さんは製パン作業をしながら接客することも可能だ。
 「所有しているマンションの一角が空き部屋だったので、改装してベーカリーにしたんです。だから初期投資もその面では抑えられているし、家賃も掛かりません。その点が運営上だいぶ有利ですね」(後閑さん)。
 開店のきっかけは、数年前から主宰し現在も継続しているパン教室にあるという。3人の子供の母でもある後閑さんは、元々食に興味が深く、空き時間ができたことをきっかけに、製パン講師の免状を取得。その後、「安心して子供に食べさせられる、お母さんがつくるおいしいパン」をテーマにパン教室を開業した。生徒は主に地元の人々だという。パン教室が好評を博し、近くにはホールセール以外のベーカリーがほとんどないことからも、生徒たちから「パン屋さんを開いて」という声が聞こえ出した。
 「開業に踏み切ったきっかけは、震災時のパン不足で『自分に大量製造する力があれば』と思ったことと、この角部屋が空いていたことです」と後閑さん。コンパクトなスペースも、ひとりで始める、初めてのベーカリー開業には丁度よかった。
 後閑さんのパン職人としてのキャリアは、パン教室講師の経験と開業に向けて受講したプロ向けのベーカリー講座が基本となっている。
 「震災後のゴールデンウィークに、開業のための業者さがしを始め、1~2カ月のベーカリー講座を受講し、昨年9月に店を出しました。店舗の導線づくりはオーブン屋さんに指導してもらい、売場の内装は特に地域の女性が安心して利用できるように、自分でレイアウトを工夫しています」(後閑さん)。
 製造作業をしながら店内の様子が一望でき、店の奥からでも客やスタッフに声が届く構造は、小規模のベーカリーでは大きなメリットだ。店内も、スケルトンタイプのラックを陳列棚に使うことで、高さがあっても圧迫感が少ないレイアウトになっている。
 同店は、「お母さんがつくるパン」のコンセプトを踏襲しつつ、お店の商品はすべて後閑さんが製造し、販売はパートに任せている。販売スタッフは6人おり、すべてパン教室の生徒や後閑さんの「ママ友」だ。半日ずつ交代で1カ月のシフトを組んでいる。「私が営業日を決定したあと、誰がいつ入るかは、パートさん達にお任せしています。お互い子供がいて立場も似ているから、譲り合ってうまく回してくれます」と後閑さん。販売を複数のパートで行っていることについて、後閑さんは「1人に絞ってお店を背負ってもらうよりも、気軽に手伝ってもらえるくらいの方がいいんです。そのほうが、お互い楽しく働けますから」という。開業から1年半、退職者は1人も出ていない。
 客との関係も親密だ。客数は1日平均50人で、客のほぼ全員が週1回以上来店するリピーター。ベーカリーの営業日が水、木、金、土なので、「土曜にまとめて買ってくれて、水曜か木曜にパンが食べたくなって買いに来てくれる」というサイクルが出来ているという。また、客が欲しいと思う品物は毎回ほぼ同じなので、「今日はまだあの人が来ていない」「この後この品物が出るだろう」などと、品物の動きの把握も可能だ。
 品揃えは食パンや食事パン、バケット、菓子パンなど馴染み深い定番品と、秋の栗かぼちゃやよもぎなどを使った季節商品。人気商品は、自家製のカスタードを使用した「クリームパン」(150円)、サンドイッチにも最適で優しい食感の「ふわふわ豆乳パン」(120円)、十勝の甘納豆を巻き込んだ食パン「豆乳&大納言ブレッド」(1斤角320円)など。
 パン教室からスタートし、小規模ベーカリーに適したスペースの存在を軸に、培った人脈を活かして、上手に店を構築し、循環させている。



レジのすぐそばに、低い仕切りを隔てた後閑さんの作業台がある。販売スタッフとの連携に役立つ配置だ
店舗があるマンションの一室にあるパン教室。埼玉からの生徒もいて、遠方で口コミが広がることも
オーガニック食材など、後閑さんのお勧め食品も紹介
パンラックの上部に飾られたインテリア小物
小さいことを武器に
く、焼きたてパンの提供は難しいと考えられているが、アプリコットでは難なくクリアしているという。そのポイントは売場のサイズにある。同店が1日に店に出すパンは約30種類。1アイテムの個数を12個程度にしぼることで、売り切ってはすぐに次に焼きあがったパンを並べる。そのサイクルを確立している。
 「店全体が見渡せるサイズなので、作業しながら常に売場のパンの動きが観察できるんです。売れ行きが遅いとわかった品はどんどん入れ替えていきます。そうしている内に、午前中に焼くべきもの、昼、午後に出すべきものがわかり、客足に適した流れも掴めました」。客は地元の顔見知りが多いため、来店者とは話し込むことが多い。それが作業の手が止まる理由になってもいるが、客足やメニュー構成などをその場で掴むポイントにもなっているのだ。小ぶりな店舗を長所として生かしているのだ。
 一方で、課題もある。現在、毎日ほぼ売り切って閉店しているが、売り切れのため客を手ぶらで帰してしまうこともある。遠方から来てくれる客も増えており、店としては順調だが、「アプリコットのパンが食べたい」と来店する人の期待に応え切れないのは、残念である気持ちが強い。
 「地域の皆さんに支えられてやっているお店だから、できるだけその期待に応えたいんですよね」と後閑さん。会社員の出勤後開店し、帰宅前に閉店する現在の営業時間では、当然会社員の需要は取り込めない。
 そういった経緯も背景に、注文製のテイクアウトサービスにも力を入れている。現在はピザの注文を受付中だ。「売上も、もっと伸ばしていきたいですし」と今後の展開に思考を重ねている。
 また、月6~7回のペースで開催されるパン教室との並行営業について、後閑さんは、「パン教室は確かに集客や固定客を掴むきっかけになっています。でも一方で、パン教室より味を落とすことはできないんですよ。だから、原材料については、妥協できません。そこは販売価格との兼ね合いで、工夫が必要です」と話す。しかし、そこを後閑さんは店の特長とも考える。「おいしくて食べ飽きない、家庭料理のような温かな食事をしてほしい。それがうちのコンセプトです。いいパンをつくることで、結局はお客様が喜んでくれるんですよね」。
 同店では、パンと焼き菓子以外に後閑さんお気に入りのジャムや食用オイルも販売している。オイルの特性や扱い方、料理での使い方なども気軽に教えてくれる。元気で明るく、パンや食事の知識も豊富な後閑さん。「あのお店に行くと、楽しい話や食事についていい話が聞ける」。そんなところも、この小さなパン工房の魅力になっている。

店名:小さなパン工房 apricot
住所:横浜市鶴見区矢向4-1-13
電話:045-718-5906
営業時間:午前10時~午後6時
定休日:日曜、月曜、火曜(臨時休業有り)
品揃え:パン30品目、菓子5品目
店舗面積:売場2・5坪、厨房3・5坪
スタッフ:製造1人、販売6人(1日2交代)
日商:平日3万5000円、日曜、祝日5万円





原価計算女王
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