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特集/2011年11月号 |
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特集■規模リテールベーカリーの強み■
郊外大型ベーカリーの出店が相次ぎ、年商1億円を越すような繁盛店が、日本各地に登場しているが、その一方で、年商2000~3000万円クラスの小規模リテールベーカリーも、厳しい状況が続いているとはいいつつも、思い思いの個性を発揮して、健闘している。健闘する小規模リテールベーカリーに共通しているのは、自らの強みは何かについて、深く考えていることだ。大型店にはない小規模店の強みを熟知した上で、「客が求めていて、しかも自分に無理なく提供できること」を見つけ出せるかどうかが、勝敗を分ける。
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パンを作りながら、客と会話する‐ブーランジェリー・エス | |||||||||||||
「ブーランジェリー・エス」は、神奈川県逗子市の、葉山地区と鎌倉地区を結ぶバス通り沿いに2007年にオープンした。 ガラス張りの店構えで、外から見るとまるで水槽の中を覗くかのように、店内がよく見える。売り場の奥に位置する厨房も見えるほどだ。 パンが次々と焼き上がる昼前、オーナーシェフの島田英治さんは売り場と厨房の境目にいた。そこに、オーブンがあるからだ。 「この店舗は、元々は洋菓子店だったのですが、それを改装するとき、まず決めたのはオーブンの位置なんです」と、島田さんは言う。 3坪のこぢんまりとした売り場に、パンは壁面に飾られるようにして並んでいる。その横に、焼きたてのパンを取り出したり、バゲットにクープを入れる島田さんの姿がある。 「クープを入れていると、お母さんと一緒に買いに来た子どもが、じーっと見ているんです。トッピングなどもオーブンの前でやりますから、子どもに限らず、来店した多くの方が興味を持って見てくれます。『次にどんなパンが焼き上がるんですか』と、オーブンの中を覗く方も多いですよ」 製造は島田シェフと社員の高崎真哉さんの2人が担当する。販売は、妻の朋子さんとパートの万行紗衣さんの2人。祝日は1日120~130人に対応していく。 製造2人、販売2人の4人体制。しかし実際は、オーブンの前でパンの説明をしたり会話をする島田シェフの存在があるため、3人で販売していると言える状況だ。 「作るだけではなくて、お客様とは話したいです。『お探しのものは何ですか?』と訊かれることよりも、目の前に職人のパンを作っている姿があることの方が、会話が始まるきっかけになりやすいですよね」 これが、オーブンを売り場と厨房の境目に設置した理由だ。改装の際、柱の位置を移してまで、オーブンの位置にこだわった。 生活圏が同じことが客との親密度を高める 販売担当の朋子さんは「ロールパンの入った袋を提げてスーパーの帰りに寄ってくれる方や、『新しくできたお店でパンを買ってみたんだけど』と話す方など、オープンなお客様が多いです」と話す。 島田さん一家の自宅は、同店からすぐの場所。客と同じ生活圏で暮らしているので、パンを通じた会話をするだけでなく、近所にある病院や店の情報交換ができる。このことが、客との関係性をより密接にしている。「普段ほとんど話さないお客様に、深夜でもやっている病院をお教えしたら、『とても助かりました』と言って、それからよく話すようになったんです」(朋子さん) 最近、同店の周りはベーカリーの出店が相次いでいるという。「先週来なかったな、と思っていたお客様から、『この前浮気しちゃったんです。だけど、エスのパンの方がおいしい』と言われることがよくあります」(島田シェフ)。このように、ライバル店についての感想を直接聞くことができることも、客との密接な関係があるからこそだ。 「新しいお店ができると行きたくなりますよね。自分で納得がいった、自信のあるものしか販売していませんが、常連のお客様を離さないためには、旬の食材 を使った季節品は欠かせません」 夏にヒットしたのはゴーヤとうなぎがのったフォカッチャ。ゴーヤを食べたことがないと言う主婦が気に入り、友人た ちに配ってくれた。こうして顧客が店の宣伝をしてくれる。 朋子さんはツイッターを始めた。ホームページやブログよりも気軽にできることが気に入り、1年近く続けている。商 品画像と一緒に、「おやつの時間ですね」とか、「今日もおいしく焼き上がっています」などのメッセージを発信する。 「毎日写真を楽しみにしてくれている方や、『おいしそうに見えたのでおやつに食べたくなりました』と言って買いに 来てくれる方がいます」 商品画像やメッセージの発信は簡単にでき、反応は予想以上だという。客は来店しないでも、現在焼き上がっているパンや、おすすめのパンの情報を得ることができ、店側は、販促に役立てることができる。客との親密性はツイッターでも深めていく。 長く愛される店になるために体調管理 島田シェフはオープンから半年間、1人だけで製造をこなしていた。体調が悪くても、代わりがいない。作業の合間に点滴を打っていたこともあったという。 半年後、オープン前からもともと予定していたことだったが、製造担当の社員 を1人雇った。すると、毎月のようにひいていた風邪をひかなくなった。 「かかりつけの医者に『長く続けることが大事なのに』と言われたんです。厨房は暑くてよく汗をかくので、体の塩分が足りていなかったようです。休みも週に1日から2日に増やしました。それからというもの、ほとんど病気はしていません」 海水浴も体調管理に効果的だそうだ。さらに体力作りにも役立つとして、ここ数年サーフィンを続けている。製造の高崎真哉さんも一緒に行っている。 長く愛される店になるためには、体調管理も重要なのだ。 長く愛される店になるために体調管理 島田シェフはオープンから半年間、1人だけで製造をこなしていた。体調が悪くても、代わりがいない。作業の合間に点滴を打っていたこともあったという。 半年後、オープン前からもともと予定していたことだったが、製造担当の社員 を1人雇った。すると、毎月のようにひいていた風邪をひかなくなった。 「かかりつけの医者に『長く続けることが大事なのに』と言われたんです。厨房は暑くてよく汗をかくので、体の塩分が足りていなかったようです。休みも週に1日から2日に増やしました。それからというもの、ほとんど病気はしていません」 海水浴も体調管理に効果的だそうだ。さらに体力作りにも役立つとして、ここ数年サーフィンを続けている。製造の高崎真哉さんも一緒に行っている。 長く愛される店になるためには、体調管理も重要なのだ。 SHOP DATA 店名 ブーランジェリー・エス 住所 神奈川県逗子市逗子7‐6‐31 電話番号 046‐872‐2206 営業時間 午前10時~午後6時 定休日 日・月曜日 品目数 平日70品目、日・祝日80品目 スタッフ 製造2人、販売2人 店舗面積 売り場3坪 厨房8坪 日商 平日7~8万円、祝日10万円 |

小さくても自分の店の方がいい‐個性パン創造アルル | |
競争の土俵を自分で作り出す
東京・巣鴨の知る人ぞ知る名物ベーカリー、個性パン創造アルルは、オーナーの林春二さんが1968年に東京・北区で創業。最初は洋菓子店だったが、1974年に、現在の店舗である巣鴨店をオープンしてからは、パンを巣鴨店で作り、洋菓子を北区の店で作って、お互いに商品を提供し合って、両方の店で洋菓子とパンを販売。当時は従業員も4~5人雇っていたが、1995年に北区の店を閉めてからは、現在の巣鴨の店で家族経営でやってきた。 バブル期の景気がいいころと比べたら、売り上げは落ちているが、今の時代なりの商売はできていて、4年前には、木造2階建てだった店舗兼住居を、4階建てのモダンなビルに建て替えた。今は、店を継ぐことになった長男の太郎さんと2人で、毎日パン作りに励んでいる。 「うちみたいな小さな店は、大型店にはできないことを見つけて実践しなくては生き残っていけません。私の場合は、クリームパンやあんパンみたいに、みんなが知っているパンで個性を出すより、これまでにどこにもなかった新しいパンのカテゴリーを自分で作ってそこで勝負すれば、競争相手がいないので手っ取り早いと考えてやってきました」(林さん) そうして、生まれたのが、「古代パン」「疲労回復パン」などのユニークなパンの数々だった。こうしたユニークな発想の源泉は、林さんが客と接する中で受けた様々な要望だったという。 「古代パン」は、小麦粉と塩、水だけで作るパン。古代のパンを再現したもので、種は小麦全粒粉と水を材料にしておこしたものを使用。 「疲労回復パン」は現在は販売していないが、漢方で疲労回復作用があるとされる「天門冬」(てんもんどう)を練り込んだ食パンだ。 これらのパンは、テレビや雑誌にもたびたび取り上げられ、大きな販促効果を発揮してきた。 定番商品を今風にアレンジする 4年前から戦力に加わった長男の太郎さんは「いろいろなところで修業させてもらいましたが、大きなところだと、自分のやりたいようにはできないし、仕事の面白さという意味では、小さくても自分の店の方がはるかにいいですね。新商品のアイデアが浮かんだらその日に試作ができるし、次の日から販売することだってできますから。あとは、お客さんの声が直接聞けることですかね。厨房で仕事をしていると、お客さんの『おいしい』という声が耳に入ってきます。それって、小規模のベーカリーならではですよね」と話す。 「これまでに見たこともないようなパンを作る」という父親の林さんとは違って、太郎さんの商品開発は、「皆が知っている定番のパンに適度にアレンジを加えた商品を開発する方が、多くの人に受 け入れてもらいやすいのではないか」という考えに基づいている。 例えば、「黒糖きなこの豆乳フレンチ」(180円)は、牛乳の代わりに豆乳を使い、砂糖の変わりに黒糖を使った商品だ。焼き上がったら黄な粉をトッピングして仕上げる。キーワードは「黒糖」「豆乳」「黄な粉」の3つで、いずれも話題になっている素材であることがポイントだという。「作る方にしたら、牛乳を豆乳にして、砂糖を黒糖に変えただけなのですが、多分お客様には、新鮮に感じてもらえているんじゃないかと思います。ポップに『黒糖』『豆乳』『黄な粉』と書いておくと、皆さん買っていくんですね」と太郎さん。現在の同ベーカリーの品揃えは、約8割が太郎さんが中心になって開発した商品だという。 SHOP DATA 店名 個性パン創造アルル 住所 東京都豊島区巣鴨1-21-11 電話番号 03‐3944‐6804 営業時間 午前9時~午後9時 定休日 木曜日 品目数 およそ70品目 スタッフ 製造2人、販売1人 店舗面積 厨房8坪、売り場6坪 日商 平日5万円、土・日7~8万円 |

住宅街にあるベーカリーが理想だった‐ヒンメル | |
自分で作ったパンで喜んでもらいたい
「住宅街にあるパン屋が理想だったんです」と話すのは、東京・大田区の「ヒンメル」のオーナーシェフ、金長暢之さん。同店は東急目黒線大岡山駅から徒歩2分と、アクセスの良い立地にある。しかし、人通りが多いのは駅を挟んで反対側の商店街の方で、同店の周りは住宅がほとんどだが、「わざわざ買いに来たくなるベーカリー」として地域に根付き、来年1月で4周年を迎える。 「自分が3歳から5歳の頃の思い出として、食パンのいい香りとパン屋のおじいちゃんの顔が、今でも鮮明に記憶に残っているんです。子どもの時の思い出は忘れないものですね」 こう話す金長さんは、これから10年、20年先までこの場所でずっとパン屋を続けていきたいと言う。 金長さんは、営業職で会社勤めをしていた経験がある。ベーカリーのシェフを志すことになった理由をこう話す。 「『おいしい』と言ってもらえる商品を、自分自身で作りたい。一所懸命打ち込む仕事がしたいと思ったんです」 7時半の閉店時間が迫ってきた頃、1人の客が入ってきて「もう遅いから無いかなって不安だったけど、あってよかった」と嬉しそうにパンを手に取った。また、別の客は「バゲットを半分だけください。次に買われる方に悪いから、斜めじゃなくて、真横にカットしてください」と気使いを見せた。顧客の一人ひとりが店の事情をよく知っていることが伺えた。金長さんは、この2人の客の名前を把握していた。 金長さんを含め、3人のスタッフで作るパンは70品目。「増え続けた結果で、本当はもう少し減らしたいのですが」と金長さんは言う。しかし、どの商品一つをとっても、やめられない理由がある。 「ちょこちょこと買ってくれるお客様がいらっしゃるんです。たった4個しか売れないパンでも、それを目当てに来店してくれることを思うと、1つでも、2つでも焼きたいと思うんです」 「食パンのフレンチトーストが食べたい」という1人の客のリクエストにも応えた。当時は食パンではなくバゲットを使用したものしかなかった。そのリクエストをした客は毎日必ず買いに来ていたが、あるときから来なくなったという。 「いつも来てくれているお客様が急に来なくなって、どうしたのかと思っていると、しばらく経ってから『引っ越したんです』とか、『勤務先が変わって買いに来られなくなってしまったんです』と報告がてら来店してくれる方が多いです」 金長さんはこうした客との出会いを楽しんでいる。親子連れで通い続ける子供の成長を見るのも楽しみの一つだという。 品質の維持と改良が欠かせない 今年の1月に開催した3周年記念パーティーでは、同店のポイントカードを所有する顧客を中心に、約200人が参加した。パーティーでは、既存のパン5品についてアンケートをとった。アンケート結果では、レーズンとクルミの入ったハード系の「ツィムト」(420円、ハーフは210円)が、男性に人気があることが分かった。「シナモンとブラックペッパーをきかせているので男性には好評だと思っていたんです」(金長さん) 「ツィムト」と接戦だったという人気商品は「クラプフェン」(100円)。金長さんがドイツに修行に行った際に覚えたドーナツだ。 「お客様も、スタッフと話すのを楽しみにしてくださいます。でも、お客様とスタッフの会話も、お客様に来店して頂かなければできません。お客様に来て頂くためには、パンがおいしくなければなりません」 金長さんは、ドイツに年に1度は行くようにしている。クラプフェンの味を再確認するためだ。クラプフェンを作り始めてから1年後、使用する粉を変えた。 「クラプフェンは、ドイツで食べて、そのおいしさに感動して作ることになったのですが、作り続けていると、少しずつ味が違ってきてしまう場合があります。安定したおいしさを提供するために、味の確認と改良は欠かせません」 SHOP DATA 店名 ヒンメル 住所 東京都大田区北千束3‐28‐4 電話番号 03‐6431‐0970 営業時間 午前7時半~午後7時半 定休日 火曜日 品目数 70品目 スタッフ 製造3人、販売2人 店舗面積 売り場8坪 厨房11坪 日商 平日10万円、休日15万円 |
2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。