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(続)パン屋さん手帖(8)/2003年12月号 |
2023年11月18日から、発行から1年を経過した記事は、会員の方以外にも全文が公開される仕様になりました。
第2章 ありのままのパン人生 - 文・橋本泰之 | |
今回は銀座のレストランにいた時のことを話していきたいと思います。
先輩にいじめられたこと、一度だけ先輩に逆らったこと・・・。いろいろとありましたが、すべてが職人になるための肥やしでした。 橋本泰之 1956年横浜生まれ。新宿の専門学校を卒業後、銀座レストランみかわやに就職。その後センチュリーフーズ、モンタボーなどを経て、1996~2001年、東京製菓学校教師。2001年10月、有限会社レーヴを設立、現在に至る。 |

自分の仕事を完璧にこなして、さらに先輩の仕事を手伝う
鍋洗いとサラダ作りの日々
入社1年後に調理場に上がりました。販売を1年して、その後に仕込み場を2年やってから、3年目にやっと調理場に上がる、というのが普通の流れでした。私の場合は、前回話した通り、1年間で調理場に上げてもらうことができました。 調理場に上がると、鍋洗いとサラダ作りの毎日で単調な時間が過ぎます。調理場では誰かがやめないと次の仕事はくれません。パン職人の場合は、大手のパンチェーンに入るとフランスを並べるだけ、天板を掃除するだけということもあると思いますが、それとたぶん一緒だと思います。洗い場は狭くてちょっと目を離すとすぐにフライパンで埋まってしまいます。料理一品に対してフライパンを一個使いますので、どんどん流しに出てきます。 西洋料理は、食材を入れたフライパンをオーブンに入れて焼くことが多いので、フライパンは持ち手の部分から熱く、洗っているところに熱いフライパンをどんどん投げられます。 やけどをする方が悪いというおかしな方程式があったりして、先輩後輩の関係は、今のパン業界のそれよりも厳しかったと思います。 先輩の言うことには、たとえそれが間違っていても、絶対に従わなければならない封建的社会でした。 昼休みはストーブ前の人はゆっくりと食事をとって休めますが、それ以外の従業員は食事は立ってとりました。そのせいで今でもご飯を食べるのは早いですよ。 鍋洗いとサラダ作り以外の時間は四六時中掃除をさせられていました。レストランは建物が古いのですが、厨房は隅から隅までぴかぴかです。厳しかった分職人としての心構えを自覚するきっかけになりました。 仕事を覚えるには人間関係を円滑に 調理場への入り始めに一番苦労したのが先輩のいじめでした。人よりも早く調理場に入っていたからかどうかはわかりませんが、一人の先輩からよくいじめられました。ことあるごとに文句を言われていました。 ここでめげたり文句を言っても封建的社会なので結局は自分がやめる羽目になるので、じっと我慢しました。その先輩よりも仕事が出来るようになればよいと思って、頑張って仕事をしました。 その後仕事で私に抜かれた先輩は店に居づらくなります。結局その先輩はやめていきました。私は冷たくしたり、文句を言ったわけではありません。人をいじめた代償は最終的には自分に帰ってくることに気が付いたのだと思います。 パン屋さんでも同じことがいえると思います。個性があるのはいいことです。でも先輩とうまくいかないと、仕事が手に着かなくなります。まず先輩に気に入られることが仕事を覚える近道の一つだと思います。人間関係で辞めていく人が多いですから。 「忙しい」「時間が長い」「給料が安い」などと仕事に対して文句ばかり言う人や、怒られるとふてくされるか、落ち込むタイプの人などをよく見かけますが、お金をもらって仕事を教えてもらっていると思えば、気持ちも変わってくるのではないかと思います。 レストランでは、ホールで働いていて、調理場に入りたくて待っている授業員が多く、いくらでも代わりがいる環境でした。 社長は従業員に対して、「仕事を覚えさせている」という意識が強かったと思います。文句を言う前に『どうすれば怒られないか、給料が上がるか、仕事が速くなるかを考えることが大切です。自分のために考えましょう。 先輩の先を読んで準備をする 私が調理場に入って仕事をしていたとき、当然、レストランの営業時間中は割り当てられた仕事で精一杯でした。しかし、それ以外にも、自分から進んでいろいろなことをしました。 朝はみんなよりも早く出勤しました。それとスープを作る泊りの仕事を進んでやっていました。泊りの仕事をした朝は、みんなが出勤する前にその泊りの仕事を終わらせて、先輩が朝来てやる仕事を手伝っていました。 ここまではパン屋さんでも当たり前のことだと思いますが、料理の世界はポジションが厳格に決まっていて、先輩の仕事に手を出すと怒られました。 先輩の仕事の準備として、鶏肉の2枚おろしや牛のしたごしらえをしていました。チーフが開店前に出勤すると必ず怒られます。しかし、怒られてもめげずに、これを一ヶ月間繰り返していたらチーフがあきれて教えてくれるようになりました。自分の持ち場を終わらせてやっていたのでチーフも本気では怒っていなかったような気がします。 ここが結構重要なポイントです。パン屋さんに置き換えて考えてみましょう。まず朝は先輩よりも早く出勤する。そして自分の仕事の前準備をして仕事を始める。先輩を見て先輩が何をしようとしているかを理解し、その用意をする。分割したら天板を必要な枚数用意する。菓子パンを包もうとしていたら、あんベラやあんこを用意する。簡単なようですが、自分の仕事で精一杯な状態だと意外とできないものです。仕事にまだ慣れていないのに、先輩と一緒に出勤していたらスムーズに仕事が進むはずがありません。 先輩の仕事を手伝う 仕事は段取り次第でいくらでもスムーズに進みます。そして自分の仕事をこなしてから、先輩の仕事を手伝うことが仕事を覚える早道だと思います。手伝うということは仕事が多くやれるということで、その分技術も多く身に付き先輩を追い越せるということです。 しかし自分の仕事もおぼつかないのに他の仕事に興味がわいてきて、すべてが中途半端になる人がよく見受けられますから気をつけましょう。優先順位というものがあります。何の仕事からするか、そして仕事を完璧にこなすにはどうしたらいいかを考えると、自ずと出勤時間が決まってくると思います。 私は現在、誠心学園で外来講師をしていますが、決められた出勤時間よりも40分早く着くようにしています。以前、東京製菓学校で講師をしていたときも同じでした。もし事故で電車が止まっても別の手段を使って間に合うようにと考えて出勤しています。「電車が止まったから授業時間に間に合わなかった」というのは理由にならないと考えています。 お金をもらって仕事をしている以上、どんな仕事でもプロ意識を持たなくてはならないと思います。パン職人の仕事も同じです。仕事が出来る人ほど早く出てきたり、基本に忠実だったりするものです。 一度だけ先輩に逆らった 最後に、一度だけ先輩に文句を言ったときのことを話します。 チーフやストーブ前の人とは口をきくのも難しい雰囲気の中で(上下の関係は本当に厳しかったのです)、どうしても納得がいかないことがあって、チーフに文句を言いました。 結果は簡単でした。「今日は帰れ、明日から来なくてよい」と、一言でかたづけられました。 無理やり帰されて一晩考えてやっぱり仕事が好きだし負けたくない一心で、翌朝出勤して謝りました。そうすると、まったく普段通りでした。本気で辞めさせる気持はなかったことがわかり、その後、一層頑張ることが出来ました。 しかし、同じような場面で、辞めてしまう人もいるのだろうなと思いました。 パン屋さんの場合も人間関係で辞める人が多いようです。自分のことも大事ですが、まず相手のこと(先輩のこと)を考えて相手のために行うことが最終的には自分に返ってきます。好きで始めた仕事なので、いつまでも好きでいられるように人間関係にも気を配りましょう。 27歳までレストランで仕事をして、あるきっかけでパン業界に就職します。次回はその辺から話をおこしていきたいと思います。 |



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